2025/05/07 コラム
通勤中・仕事中の交通事故!労災保険を使うメリット・デメリットとは?
はじめに
交通事故に遭われた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。事故によるケガの治療や生活への影響など、ご不安な日々をお過ごしのことと思います。
ところで、もしその事故が「通勤の途中」や「仕事中(業務遂行中)」に起きたものであれば、加害者側の保険(自賠責保険・任意保険)だけでなく、「労災保険(労働者災害補償保険)」を利用できる可能性があることをご存知でしょうか?
しかし、「労災保険と加害者の保険、どちらを使えばいいの?」「両方使えるの?」と迷われる方も少なくありません。労災保険の利用にはメリットもあれば、デメリットや注意点もあります。
このコラムでは、通勤中・業務中の交通事故で労災保険を使って通院する場合のメリット・デメリットを分かりやすく整理し、適切な選択をするための判断材料をご提供します。
労災保険とは?(交通事故との関係)
労災保険は、仕事(業務)や通勤が原因で労働者がケガをしたり、病気になったり、亡くなったりした場合に、必要な保険給付を行う国の制度です。
交通事故が、
- 業務災害: 仕事中に会社の車を運転していて事故に遭った、など。
- 通勤災害: 自宅から会社へ向かう(または会社から帰宅する)合理的な経路・方法での移動中に事故に遭った、など。
のいずれかに該当する場合、労災保険の給付対象となります(このようなケースを「第三者行為災害」といいます)。
基本的な考え方
労災保険からの給付と、加害者(第三者)への損害賠償請求は、治療費や休業損害など、同じ性質の損害について二重に受け取ることはできません。 しかし、どちらの制度を先に利用するか、あるいは損害項目によって使い分けるかなどを、被害者がある程度選択できる場合があります。
交通事故で労災保険を使うメリット
通勤・業務中の事故で労災保険を利用することには、以下のような大きなメリットがあります。
- 治療費の自己負担が原則ゼロ:
- 労災指定病院などで治療を受ける限り、窓口での自己負担は原則ありません(療養(補償)給付)。健康保険診療のような一部負担金(通常3割)も不要です。
- 治療費打ち切りの心配が少ない: 加害者側の任意保険会社は、一定期間が経過すると治療費の支払いを打ち切ってくることがありますが、労災保険は医学的に治療が必要と認められる限り、原則として治療を継続できます。これは精神的な安心感にも繋がります。
- 休業補償が手厚い場合がある:
- 事故によるケガで仕事を休んだ場合、休業4日目から「休業(補償)給付」として、事故前3ヶ月間の平均賃金(給付基礎日額)の60%が支給されます。
- さらに「休業特別支給金」として20%が上乗せされ、合計で給付基礎日額の80%が補償されます。
- 自賠責保険の休業損害(原則1日6,100円 ※ただし実額証明で増額あり)と比較して、収入が高かった方は労災保険の方が有利になるケースが多くあります。
- 自身の過失割合に左右されない:
- これが最大のメリットの一つです。 労災保険の給付は、原則として被害者(労働者)自身の過失割合によって減額されることはありません(※故意や重大な過失を除く)。
- 例えば、ご自身の不注意も事故の一因となった場合、加害者への損害賠償請求では過失割合に応じて賠償額が減額されますが(過失相殺)、労災保険を使えば、治療費は満額、休業補償(給付基礎日額の80%)は過失割合に関係なく受け取れます。
- 慰謝料は別途、加害者側に請求可能:
- 労災保険の給付項目には、精神的苦痛に対する「慰謝料」は含まれていません。そのため、治療費や休業補償を労災保険から受け取りつつ、入通院慰謝料や後遺障害慰謝料については、別途加害者側(自賠責保険・任意保険)に請求することができます。
- 後遺障害認定の選択肢が増える:
- 労災保険にも独自の基準による後遺障害等級認定制度があります(障害(補償)給付)。自賠責保険の等級認定とは別に申請でき、認定されれば年金または一時金、特別支給金などが支給されます。
- 自賠責と労災で認定基準や判断が異なるため、両方に申請し、より有利な結果を得られる可能性があります(ただし、等級が異なる場合や、片方でしか認定されない場合もあります)。
交通事故で労災保険を使うデメリット・注意点
一方で、労災保険の利用には以下のようなデメリットや注意点も存在します。
- 慰謝料は支給されない:
- 上記メリットの裏返しですが、労災保険からは慰謝料は一切支払われません。慰謝料請求は必ず加害者側に行う必要があります。
- 手続きが煩雑な場合がある:
- 労災保険を利用するには、勤務先への報告に加え、労働基準監督署に必要な書類(療養(補償)給付請求書、休業(補償)給付請求書、第三者行為災害届など)を提出する必要があります。会社が手続きに協力的でない場合など、負担に感じることがあります。
- 加害者側の保険会社との間で、支払われた給付金の調整(求償)に関するやり取りが発生することもあります。
- 利用できる病院:
- 原則として労災指定病院での受診となります。指定外の病院で治療を受けた場合、一旦治療費を全額立て替え、後で請求する手続きが必要になることがあります。
- 給付額の限界:
- 休業補償は給付基礎日額の80%であり、100%補償されるわけではありません(差額の40%は加害者側に請求可能(20%ではなく40%です。)。逸失利益の計算方法なども、加害者への損害賠償請求とは異なる場合があります。
- 通勤災害認定のハードル:
- 「合理的な経路・方法」での通勤途上であることが必要です。通勤経路から大きく外れたり、通勤とは関係ない目的で立ち寄ったりした場合(逸脱・中断)は、原則として通勤災害と認められません(日常生活上必要な最小限度の行為を除く)。
- 後遺障害等級認定の基準:
- 労災と自賠責で等級認定基準が異なるため、必ずしも労災の方が有利とは限りません。どちらの基準で申請するのが適切か、検討が必要です。
結局、どちらを使うべき?
では、通勤中・業務中の交通事故では、労災保険と加害者側の保険、どちらを使うのが良いのでしょうか?
一概に「こちらが得」とは言えません。 どちらの制度を利用するのが最適かは、事故の状況、ご自身の過失割合、収入、損害の内容、治療期間の見込みなどによって大きく異なります。
労災保険の利用を優先的に検討すべきケース(例):
- ご自身の過失割合が大きい事故。
- 加害者が任意保険に加入していない(無保険)事故。
- 加害者側の任意保険会社が、早期に治療費の支払いを打ち切ろうとしている。
- ご自身の収入が高く、休業補償が労災の方が有利になる。
加害者側の保険利用を優先的に検討すべきケース(例):
- ご自身の過失割合が小さい、またはゼロの事故。
- 手続きの煩雑さを避け、早期に慰謝料を含めた示談解決を図りたい。
最適なのはケースバイケース!
実際にはまさにケースバイケースです。
もっとも、労災を使用した場合、賠償金額に影響が出るかと言われるとほぼないため、デメリットが生じることはないと言っても過言ではありません。
自分が困ってしまったら労災くらいのイメージでも良いと思います。
専門家(弁護士)への相談が不可欠
このように、労災保険と加害者側の保険のどちらを、どの損害項目で、どのタイミングで利用するのがベストかは、非常に複雑な判断が必要です。手続きも煩雑になります。
したがって、通勤中・業務中の交通事故に遭われた場合は、自己判断せずに、なるべくできるだけ早い段階で、交通事故問題と労災申請の両方に詳しい弁護士に相談することを強くお勧めします。弁護士は、個別の状況を詳しくお伺いした上で、全体像を見据え、あなたにとって最も有利な解決策をアドバイスし、複雑な手続きや交渉をサポートします。
まとめ
通勤中や業務中に交通事故に遭った場合、労災保険の利用は、特に自己負担なく治療を継続できたり、自身の過失割合に関わらず補償を受けられたりする点で、非常に有効な選択肢となり得ます。
しかし、慰謝料が出ない、手続きが煩雑といったデメリットも存在します。メリット・デメリットを正しく理解し、ご自身の状況に合わせて加害者側の保険と適切に使い分けることが重要です。
最適な選択をするためには、専門的な知識が不可欠です。労災保険を使っていいものかなどお悩みであれば思ったら、まずは一度、弁護士にご相談ください。